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不適合なわたし

  18, 2013 17:48
Σ(Д゚;/)/…エエ!?
ぎょっとするタイトルですよねw

でも私は正直、この福祉という現場において
「不適合者」なのだなぁといまさら感じます( 艸`*)ププッ


私は、介護という仕事が好きです。
対象の方が心地よく過ごせる場所を働く仲間も含めて対象の方と一緒に試行錯誤できる
とてもやりがいのある仕事です。

人が生きて行く上で日常生活の世話が必要になるあたりまえを幼いころ両親から教えてもらい、
高校生の時の出会いが私をこの世界に導く結果となりました。

しかし、ふと考えるのです。
措置から介護保険となってから…
私が高校を卒業して介護福祉士の学校でいった実習先のあのときから…
いいえ私の祖母が介護を受けていた時代から…
資料によるともっと前から…

どうも福祉の現場というものはあまり変わっていないように思えます。

もちろん時代の流れに沿って建物や、法令、人権についても改善がみられ、
牢屋敷に隠していた時代とは雲泥の差でしょう。
働く人の意識も変わってきています。
厄介事から仕事への意識。

しかし、今はなんでもお金の時代になってきました。
まだまだ9割保険料という社会保障費を使っているわけですが
現場には混とんとした「うっぷん」のような澱がたまっているわけです。

この澱は様々な悪いスパイラルを生み、
多くの現場の職員が職場の人間関係などで悩み、
本質のケアについてなかなか語られない部分もまだまだ多いです。

世の中はおりしも情報社会。
勉強しようと思えばたくさん勉強もできますが
たくさん意見が分かれていて、どれもきちんと吟味できない状態。
SNSなどで誰もが発信もできます。

自分で発信しているようにみえて、
不思議なもので、”大多数”という数の原理が福祉の世界も飲み込んでいる
という実情に気づかない人も多いのです。

”大多数”のものに巻かれていることのほうが楽で
地位を安定的なものにできるという現状に人は酔いしれ
小さな声もおざなりにしていることに気づいていない。

誰かを蹴落としてまでのし上がろうとする。
一歩前に行くことでステータスを持とうとする。
物事の善悪は判断できても利用価値があるなら閉じ込める。
資本主義の考え方は福祉の現場にも澱としてたまっているのです。


私はというと、わたしであるがゆえに
そうした”大多数”という考え方に違和感を感じます。
それは反発ではなく、ただの違和感です。
その違和感を私は受け入れることができないのです。

だからといって反発行動をするわけではありません。
数年前は目的のために主張を貫くためにかみつくことも多々ありました。
今はそんなことはしません。

結局、そうして貫いたとて何も得られないからです。
しかし、私自身の違和感は心の中に澱としてたまり、

あぁ、この世界は生きづいなぁ(´ー`A;) アセアセ

と感じるのです。

かしこい人は違和感を持っていても、周囲に合わせられるのですが
あほな私はついつい、周囲に合わせられません。
だから人からよく「損するタイプ」と言われたりするわけです。

でも、こんな私はそんなに自分が嫌いではないです。(。・w・。 )
私を受け入れてくださる方もいますから孤独ではありません。


だから私はある意味「不適合者」
((´∀`*))ヶラヶラ

もうちょっと かしこく生きられたら楽なんだろうけどねっ♪
  •   18, 2013 17:48
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