きみきみのぼちぼちいこか~

ケアマネや骨盤からだ丸ごと調整、ご近所の寄り合い場「寄ってっ亭輪楽」開催中

Take a look at this

顔なじみの関係

  08, 2013 00:31
毎日毎日暑いですねぇ♪
昨日は認知症フレンドシップクラブ関西支部のワークショップに参加。

「認知症の人や家族が安心して利用できるお店や暮らせるまち」

”認知症”になったらすべてのことを忘れてしまうと思う方はまだまだ多いかと思います。
しかし意外とそんなことはありません。
その場の会話も通じるし、感情だってしっかりあります。

ただ…
直前話したことを忘れてしまったり、
おかねの計算ができなくなったり、
時間がたっても思い出すことができない、
行動した出来事の存在すら覚えていない、
長い文章を筋道を立てて理解することができない…などがあげられるかと思います。


ある年齢から始めるパソコンってちんぷんかんぷんですよね。
パソコンを使って情報を集めることも知っているし、
電源を入れてキーボードをたたくことにより文字が入力されることもわかる。
でも電源一つにしてもいろんなボタンがあるとどれがどれやらさっぱりわからない。

そんな現象が今までできていた日常生活で起こってしまうということなんです。
当たり前に切符を買って電車に乗ってたのに切符の買い方がわからない。
お財布をどこにやってしまったかもわからない。
小銭を探すことが難しくて大きなお札ばかりで支払ってしまう。
などなど・・・

もちろんこれは一例にすぎません。
人本来の性格もそうですし、疾病に起因される場合はその疾病により症状の出方は
年齢によっても環境によって大きく左右されるのです。

だからこそ、「認知症の人や家族が安心して利用できるお店や暮らせるまち」


近未来の生活はすぐそこまでやってきてます。
表示を大きくするとか
道筋をナビゲーションするとか
光で誘導するとか
購入履歴を把握することとか
諸問題(個人情報など)は横においといたとして
おそらく難しいことではなくなってきていると思われます。

日本人の技術力って素晴らしいですからねw
(。・w・。 )

だからといって
すべて便利に与えられることも実は違うかなって思います。
選択できる便利さは好きですけど、
選択できない便利さは押し付けのような気がします。

それは人の行動にもあります。
現実可能な科学技術はさておいても
人の応対だってすごく大事なことですよね。

鷲田清一さんと石黒浩さんの対談本
「生きるってなんやろか?」(毎日新聞社)
生きるってなんやろか(鷲田清一×石黒浩)

世の中が便利になると
でも人でしかできないこともたくさんある。
そのためには人であるがゆえに、私たちも人を受け入れる
相いれない部分がある…でもあるがままに人を受け止めたり、受け流すということが
相手を認めるということにつながるのではないかと思います。


たまたま今日荷物が届きました。
いつも届けものをしてくれる佐川急便のお兄さんです。
エリア担当なのでしょうね。
受け取ろうとすると
「重いですよ」と玄関まで運んでくれました。
何が運ばれているのかわかりませんが、玄関に置いてくれるよう頼むと
「これ、おそらく車の部品かと思うんです…」

①重いので移動が困難である(私が女なので)
②もともと地べたにおいてたと考えられるため廊下が汚れるのではないか
③ごつごつしてるので床が傷つかないか

とお兄さんは考えてくれ私に尋ねたので、玄関中ではありますが
地べたにおいてもらいました。

お兄さんと私は数回しかお会いしてません。
でも何度か車の部品を頼んでいたことがあることによるお兄さんの中で
情報として蓄積され、
さまざまな理由から選択肢の配慮を見せてくれたのです。

(o´艸`o)ァハ♪こういう心遣いってほっこりしました。
認知症の方には「…」の部分がしっかり①~③という提示をする必要はあるかと思います。

認知症症状があらわれているからと言って
ひとくくりにされるのでもなく
誰か特別な人が特別なことをするでなく
みんながちょっとしたやさしさをもつことや
待つことをしてあげること
あたりまえの生活圏内にいることを認めること
そんなことが一番大切な見守りや支援のようだなぁと改めて思いました。

ワークショップ楽しかったなぁ
ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ♪
ワークショップの様子はこちらから→アサヒガーデンのブログ「ラボログ」
  •   08, 2013 00:31
  •  0

COMMENT 0

Post a comment