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施設はだれのためにある2

  04, 2010 19:01
施設はだれのためにある1」からの続きです

彼女のこだわりは
施設にとってもっとも敬遠したい内容だったのかもしれません。

どこの施設にもいます。
クレーマーと呼ばれる人たち。

でも本当にクレーマーなのでしょうか?!
彼女は訴えて何を求めたでしょうか・・・・
”夫が快適に暮らせるようにしてくれ!”という訴えのみです。

オイラも
所謂施設というところで働いていました。
だから施設で働く職員の意識ということは理解しています。

苦情を言ってくる人は = 迷惑な人

というレッテルを貼る・・・。
どれほど傲慢なのでしょうか・・・。
しかし施設で働く人間はそのことに気付かないのです。

気付かなきゃいけない人間が
在宅での生活を知らない。。。
であった瞬間から施設に来る人だから、すべてを受け入れてる人だと勝手に思い込むのです。

家族がどんな思いで施設入所に踏み切っているかすらわからない。。。

自分の手から離れて
楽になるのは自分の身体で、
決して心は軽くならないのに、対応を願うと否定から入る。

”あなたは預けて楽になったでしょう”
という風な態度になることがある。
本当は違う・・・・。

身を切られるほど辛い人だっているのだ。
そのことを施設で働く職員は知らない。
軽い一言で家族がくやし涙を流していることを知ってるだろうか・・・。


彼女の痛みや体の不調を気付けなかったおいらはケアマネ失格だろう。
でも、彼女の手に触れながら、本当に泣きそうになった。
点滴をずっと続け、腫れて熱を帯びている腕・・・。
彼女の腕に、身体にすべてがのしかかっていた。
子供達だって協力している。
でも彼女が背負うものが大きすぎて・・・
彼女の身体がこんなにボロボロなのに、なぜ施設という環境が良くならないのだろうと考える。
触れているのがなんだかオイラには荷が重過ぎて撫でるぐらいしかできなかった。

「無理しちゃだめだ。一緒に考えよう。今はゆっくり休もう」
「うん・・・ショートも考えていく・・・あの人に迷惑をかけたね」
「大丈夫ケアマネさんにはちゃんと伝えておくからね」
「うんお願いね」

こんな身体になってもなお、夫のことを第一に考えてるのに。。
彼女だけじゃないはずだ。

認知症の家族を抱えてる人は一杯いる。
みんなみんな悩んでいる。
身体介護をしてるひとだって同じ。
家族にとって終わりは、最期を意味する。

施設って誰のものなのだろう・・・。
家族や利用者のものになっているんだろうか・・・。
もちろん入居できる人数は決まっている。
それを押してまで入居させるべきだと言っているのではない。

良い介護を提供できる施設が増えないことに問題なのだ。
施設という閉鎖的空間が、職員を傲慢かさせる。
そのことに気付かない。

オイラはそれが嫌だった。
だから退職した。
その職場環境を変えることが大切だったかも知れない。

でもそのときにはその選択肢はなかった。
上層部は平気で利用者や家族に苦情を逆に訴えていた。

家族の負い目にも気付くことなく
平気で言葉というナイフで切りつけていた。
何人も悔しくて涙を流す利用者の家族に会った。
「あんなひどいこといわれたことない!」
ただ、平謝りすることしかできなかった。

そんな上司の下で働けなかった。

どうして施設は変わらないのか。
変えようとしないのか。
箱があればいい介護が出来るという迷信をもう捨てよう。

いい介護で競おうよ。
もっと寄り添ってよ。
もっとわがままでいいじゃん。
人間なんだもん。
利用者の個別性というなら
家族も個別性なんだ。

家族の支援だっているんだ。
どんな思いで入所しているか・・・。
家族が負い目なく、負い目が少なく会いに来てくれるという環境をつくろうよ。

お願いです・・・。
もう、どうでもいい介護はいらないんです。




  •   04, 2010 19:01
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