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【ペコロスの母に会いに行く 岡野雄一】

  25, 2013 21:00
何かがあったわけではないけれど、
ちょっとした気持ちのひずみができた。
神経的なストレスだろうか。
こうみえて(どうみえて?!)意外と”気にしぃ”な性格だったりする。
だから、些細なことでもひずみにはまってしまうときがある。
気分転換に本屋に立ち寄り本を数冊手にとった。

一冊がこれ
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著者のお母さんは認知症になりグループホームで暮らしている。
日常生活を4こま漫画で書いているのですが、
ほんわかあったかで、それでいて非常によくわかる認知症の人の旅が表現されている。


認知症の方とかかわっていると
あぁ、今時空を旅しているんだろうなぁと感じる。
その寂しさや不安や悲しみからくる叫び
楽しさやうれしさやときめきからくる喜び

当たり前だけど
誰にだってある
”昔”

生まれた瞬間は乳飲み子で
誰かに育てられ大きくなり
働き
結婚し
子を産み
年をとり老いる

子がすべてを知っているわけでもなく
子が育つ過程の中で親の世界を垣間見るわけである。
親にしてみればもともと親だったわけでなく
自分にも若人や子供時代がそれぞれにあるわけだ。

心に刻まれる出来事も
それぞれに違う
そのパンドラの箱は
年とともに少しずつ開示される

著者の母は長崎出身
この世代の長崎は日本に原爆が投下された。
世界のどこかで毎日戦争がいまだに繰り返され理由なき死が訪れることがある
かと思えば世界のどこかで小さな命が手術によって九死に一生を得ることもある。
大災害に紙一重で免れた人もいるかもしれないし
命を落とすことだってあるだろう

時は一秒たりとも立ち止まることはなく
今もなお巻き戻されることはない
抗えない出来事に飲み込まれつつ
人は立ち止まることなく歩み続ける


命はいつか尽きるだろう
認知症になり忘れていくかもしれない
でも、その一人で背負ってきている
かたく紐でしばった箱を開けて、感情を放出して身軽になって
その際を待つのかもしれない。

歩んできた歴史を一つ一つ紐をたぐりよせるように
感情は交錯し
息子が親になり夫になる
孫が兄弟になる
そして見えぬものが見えることもあり
会話している
でも紛れもなく、その瞬間その人と会話しているのかもしれない。

摩訶不思議であれ
夢の旅の住人の世界を垣間見ることができたなら
その人のことをもっと知りたくなる。


その人のことをもっと知りたくなったら
その人のことをもっと大切にしたくなる
そしていとおしく、何か手伝えることがないかと考える

当事者同士では必死すぎてパンドラの箱が
互いを傷つける道具となってしまう
だからこそ、私たちのような仕事が本当は成り立つのである。

人に歴史あり
旅をともに行き来できる手伝いができる
仕事に就いている自分は
幸せだなぁと感じる
でも箱の中身を感じるのは当事者である
ご本人とその周辺の大切な人

箱に気づいてもらうようにするのが私たちの仕事

改めて大切な人を思って読んでほしい本でした。
  •   25, 2013 21:00
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