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【身体知】 内田樹×三砂ちづる

  06, 2012 23:45
身体知

やっと・・・・
読み終えましたw

この本 2006年に初版なんですが、
私が出会えたのは6年後の2012年。
出会えた意味を考えてしまいます。

今年の夏 内田樹さんの相愛大学で開催された
「内田樹によるみんなの現代霊性論」に参加したときの話に通じます。

3日目は鷲田清一さんがゲスト。
鷲田さんというと、去年退任されましたが、大阪大学の総長をされていた哲学者です。
ケア論からモード論まで多岐にわたり幅広い活躍をされている方です。

「歩く」
人間は誰しも当たり前に歩きます。
しかし「歩く」方法となれば、人種や住む場所によって違うというのです。
Σ(Д゚;/)/…エエ!?

日本のように先進国であったり、情報に溢れている場所では皆が歩き方に
大きな差はないけれど、発展途上の国ではたった1キロしか離れていない場所ですら違うことがあるというのです。

歩くという行動は共通しているけれど
歩き方は教わる人によって違う
だからこそ、それを体感することはできないし理解できない部分であるというのです。

('ェ';)
なんのこっちゃ


その時はそう思いました。
家に帰り、以前購入して積み上げていたこの本を読み始めました。

以下ネタばれしたくない人は読まないでくださいねっw


しかし、面白い!!!
でも・・・
なかなか解読できなかったので間にいろんな本を挟みながら読みました。

”あとがき”ーコミュニケーションの深度ーがとにかく興味深い。

「深いコミュニケーション」において、私たちは「そのメッセージが自分にとって
なにか重要な意味を持っている」ということまで理解しているが、「そのメッセージが
何を意味しているか」にはまだ理解が及んでいない。
メッセージの意味を理解する仕事はだから「そこから」始まるのである。


たとえば男性がもつ身体感覚と女性がもつ身体的感覚が違うので体感しているわけではない。
しかしそういう感覚があるということはわかる時があるという。

だが、それは私たちがある知的構えを共有していることの効果であって、
人間として同じような身体を共有していることの効果ではない。


(;´Д`A ```

そのときの話題がおのれの身体で起きている出来事に関わることであっても、
自他が相似的な身体を有していることはスムーズなコミュニケーションの成立を保証しない。
身体を有しているという現事実にだけに基づいて人間は身体について語ることはできない。
なぜなら、身体にかかわるできごとについてのコミュニケーションは身体をどのように言語的に
分節するかという徹底的に知性的な仕事だからである。
自分の身体の内部で生じている無数のざわめきや「ノイズ」を意味のある
「シグナル」に変換するという作業に価値を認める人間たちの間でのみ
身体にかかわるコミュニケーションは成立する

自分はどのような姿勢を取りたいか、どのような声質の声で語りかけられたいのか、
どのような触感をもつものにふれられたいのか、どのような食物をどのような
調理法でどれだけ食べたいのか…そういう身体からの様々な微細なシグナルを感知し、
識別し、それを言語化するリソースを投資することを惜しまない
人間たちだけが身体で起きている出来事について語り合うことができる。


私は人の身体を用いて生活について計画をしたり直接介護をしたりする仕事ですが、
自分はどんなふうにと探求することはできますが、
自分が行動することについての気づきを模索することもできます。
しかし、それが全て人とは同じではないということを理解し
その事は対象の人に当てはまらないということを自覚し従事しなければ
ならないということふまえ、言語化し検討していく仕事なのだと考えます。


私たちが目指すべき仕事は
「こうあるべき」では決してなく
「そういうのもあるわなぁぁ( *'σI')ぅん」という他者を許容する部分なのでしょうね。

本書の中にも、「妥協」と「許容」について書いてある箇所がありました。
今まで私はずっと「妥協」だと考えていた節があります。

心理学者の加藤諦三氏はいいます。
「自分を許せる人は 人も許せる
人は許せても 自分を許せぬ人は
自分を責め続け 人も責め続ける」

「妥協」と「許容」の違いなのかな。


あくまでこれは私が感じたもので、人の話を借りてきた私の考察です。
私の独自のものではないという自覚をもち
そうして人に考えを伝えているという作業をおこなっているのです。

まだまだわからんことばかり
(´ー`*)ウンウン

この本はもう一度読んでみようと想います♪
きっと次に読む時はさらに違う感覚になるような気がします。
面白かったー♪
  •   06, 2012 23:45
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