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かいごのとっかかり

  24, 2012 21:54
”かいご”を身近に感じた時っていつでしょうか?
きっと、多くの人が

遠く離れた親が何度も同じことを話しだしたり、
小さな失敗を聴いたり、
転んだよ、病院にいったよーという報告だったり、
周りの人からの忠告だったり、

そんな話を聴くと
ちらっと頭をよぎることでしょう。

それでも身近にはなかなか考えられなくて、
身近に感じる時は、実際に介護をしなければならない状況になってからが
多いのではないでしょうか。

年をとるって大変なことですよね。

もちろん、朝起きておばあさんになってた(*゚Д゚*)ェ...

…なんてびっくりギョテーンなことにはならないのですが、
ただ、一日、一日が年を感じる毎日だと高齢の方はおっしゃいます。

人は日々の忙しさの中に
知らず知らずのうちに
自分の存在価値を求めていたりします。

子どもの時は無条件に存在する価値を与えられ
(中にはそれがわからなくて幼少の時から自分に、世の中に問う人はいるでしょう)
大人になり、仕事や学問の中に自分の価値を求める
それが意欲であり、努力であり、行動だったりします。
仲間を作ったり、自分が存在して良い場所を作ります。
その中で結婚する人もあるでしょうし、
母や親という立場になる人もいる。
誰かに必要とされる場所を本能的に作るのでしょうね。

本当は、
年を重ねて身体が動かなくなってくると
無条件に存在する価値を与えられてもいいのかもしれないが、
逆に社会からの孤立感や孤独感にさいなまれることもしばしば。

何故なんでしょう(´・ω・`)モキュ?!

年を重ねるということが
なんだか、お荷物かのように扱われること自体がそうした空気を生み出している気がします。

ならやまぶしこう
楢山節考 
~70歳を超えた老人は近くの楢山の頂きに、
子に背負われて捨てられなければならないという掟がある山奥の寒村を舞台に、
母を捨てることに切なさを感じとまどう息子の姿を生類共棲、淘汰の自然観、運命観を込めて描く。
カンヌ国際映画祭グランプリ受賞~(あらすじ抜粋)

有名な映画ですね。
私も学生時代観ました。

私が関わるお年寄りはいいます。
「全然連絡もこないわ。忙しいんでしょうね。
今の生活があって、仕事も家庭も両立させてて、毎日遅く帰ってきてるらしいの
仕方ないわよね」

一見子どもさんの批判をしているような人であっても
よくよく聞けば、無条件に子どもたちを褒めるのです。
いつまでたっても親にとっては自慢の子どもたちなのです。

けれど対する子どもたちに出会うと
「忙しいから迷惑をかけないで」
「悪いとは思ってるけどなかなか会いに行けないの」
「しっかりしてちょうだい。」
何故、叱ることから始めるのでしょうか?!

耳を傾けてみると
年を重ねたからわかることってたくさんあります。
年を重ねた人にしか分からないものもたくさんあります。
それが経験を経てきた人の言葉の重みのような気がします。

日々忙しく毎日を過ごす私たち現代人にできることって、
一本の電話であったり
ひと時、顔を出すことで会ったり
時間を作ってわざわざ出向くことであったり
言葉の間であったり…

そんな配慮を年を重ねた人にほどしてほしいと思います。
自分も親にまだまだ口答えをしてしまいます。
口喧嘩をした後はいつも後味が悪い。



かいご を身近に感じる
地域をよくしよう そんなスローガンは町中にあふれている

かいご を必要としたら福祉が助けてくれるそれが介護保険


そんな理想郷はありません。
あくまでそれは資源にしかすぎないのです。
その資源ですら、
人をモノのように扱うそんな悲しい現実もあったりするのです。

人が幸福を感じるというのは、誰かに存在を必要とされた時。
誰もが輝いていた時に戻りたいとおもいつつ、
最期まで輝けることにあこがれる。

どうか
自分の親を
年の離れた人を
大切に思う気持ちを持つこと

経験豊かな人たちの話に耳を傾けること
昔を知ること
今を知ること

そのちょっとしたことに耳を傾けるだけで
社会が変わるような気がします。

お荷物ではなく、宝として
生産性ではなく、教養を学ぶとして
年を重ねることを大切に思える社会に少しでもなれば
国として豊かに感じられるのではないでしょうか。

かいご は もちろんしんどい、キツイことも多いです。
人格が破たんすることもあります。
受け入れられない現実もあります。
でも、それまでに、人を大切に思う気持ちをどこかで感じられたら
サービスを使いながら上手に向き合えるかもしれない。
そのために資源としての介護保険があるように思います。

もし
このブログを読んで親御さんを思い出された方があったら、
電話一本でも、
顔でもみにいってあげてください。

苦言を言われても
「それだけさみしいんだなぁ・・・」って思って、
黙って話を聴いてあげてください。

そして自分の知らない親の過去を聴いてあげてください。
苦労した子育てや
社会の話を聴いてみてください。

きっと
どんな偉人より素敵な話が聴けるのではないでしょうか。
たった一つのあなただけの”ふかいぃ話”が…。
  •   24, 2012 21:54
  •  2

COMMENT 2

Tue
2012.01.24
23:22

きみきみ  

古瀬さん

ありがとうございます^^
素敵な取り組みだと思います。

どんなに福祉の話をしても
どんなにすばらしい地域の取り組みがあっても
なんだか置き去りにしていることってあるような気がするんです。
人を大切にするって
身近な人や気づいた人の話を伺うことで
後世に残すことからきっと変わるような気がする。

仕事として取り組む人にはもっともっと知る必要があり、
一人の人間として考えることがもっともっと他にもあると
気づく必要があるような気がしてならないのです。

老いることは決して”負”でも”不”でもないと私は感じますし
当たり前なんだからどう豊かにするか、
本当の豊かな国ってそうした事を話せる社会のような気がします^^

2012/01/24 (Tue) 23:22 | REPLY |   
Tue
2012.01.24
23:06

古瀬 徹  

身にしみます

ここで書かれているようなことが
当たり前になって欲しいですね。

私は、70を過ぎたあたり
つまり、この1年ほど
妙に、これまでにわからなかった
からくりがに気づくようになった

無愛想に見えた人がやさしかったり
僕を褒めまくった人がよそでくそみそに
そういうことが
そうだったんか!

という感じ

だから
年寄りの言うことを
よく聞きたいと本気で思うようになってきた

自分の親ばかりではなくね

手始めに
先日
妻の実家・・フェリーとバスを乗り継いで
片道3時間半・・
の近くの80近くの病身の遠縁の
おばさんを訪問した

郷土の歴史に詳しいというので
いろいろ聞く係に

これからも
月1回ほどで
お聞きすることにした

とても
しみじみとした記事に
つぃつぃ
自分のことばかり書きました

facebookの「いいね!」では
伝えられないと思いました

では
また
覗きにきます

2012/01/24 (Tue) 23:06 | EDIT | REPLY |   

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