きみきみのぼちぼちいこか~

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世俗から離れると

  14, 2011 08:44
二日ほど出かけていると
ニュースからとんと疎くなる。

世田谷で高い放射能が検出されたが
床下に埋められたラジウムだったということで
ほっと一安心

今朝のワイドショーでは
前日にガイガーカウンターを持って
右往左往している様子が取材されている。

取材チームに話しかけている親子が
放射線がたまりやすい場所を聴いている
「泥や水たまりのところに、たまりやすい」
それを聴いたお母さんは、ぴょんぴょんと足を跳ね上げて
落とそうとした…。

その周囲に子どもたちがいるが
子どもは無邪気にカメラに夢中になっている

子どもの障害についてある人と話をする
深くは話してないけれど、ぼそっと呟いた

「これから、増えるからねぇ…」

チェルノブイリハートという映画を観たから
その理由がわかる


世の中には矛盾していることが多いにあり
一つだけの情報の危険性の高さを感じる

しかし情報の確かかどうかを
選別する目すら持ち合わせていないことがある。

国や行政に対して、憤りを訴えつつ
半分以上は信用している

そんな神話がいつまでも続き、
まことしやかに語られる話に疑いを持たない。

従事している官僚や行政の人自身も
己の考えを信じ込まなければやってられないという無意識感が否めない。

世の中の理は全て根っこはつながっている…。

昨夜帰宅してテレビを観ていた。
NHKでお笑い芸人のナインティナインが「いっちょまえ」という番組をしていた。

「大人について」考える

伊集院 静氏が大人代表で、二人それぞれに
大人について語る。

「大人とは責任がとれることを常に考えておかなければならない。
責任のとりかただな」

責任をとるという自覚だけでなく
責任のとりかた…つまり方法をいくつか持っていなければ
責任をとったとは言えず、人はそれを無責任というのかもしれない。

今の日本な対応をとれているだろうか?
私はまだまだ目下勉強中
さて、今の世の中人はどう生きるべきか。

放射能の話
介護の話
最期の話

みんなどこかでつながっている気がする
一人ひとりに問われている
大人論

やすやすとは語れはしないだろう。

物事は
”こうである”ということに答えられない曖昧さを持っている。
ニュアンスで話すことは、一番不確かで結局
必要なことを見落とすだけである。

なんでも言語化することが無粋であり
粋を好む日本人としては
はんなりと楽しむ必要がある

しかしながら、
きちんと伝道していかないから、
後々の感性を損なわれていくのである。

貪欲な感性と
責任のとれるという状況
この二つの相対する感情が
人間の「脳」と「こころ」を活発化させて
行動化するのだろう。




さて、
お伊勢さんの旅行日記はまた後日改めて♪
お楽しみに~
  •   14, 2011 08:44
  •  4

COMMENT 4

Mon
2011.10.17
22:17

きみきみ  

さざんさん

うん^^
仕切り直し♪

2011/10/17 (Mon) 22:17 | REPLY |   
Mon
2011.10.17
22:17

きみきみ  

ジェームズLウエッティさん

間に合うんじゃないでしょうかね
ただ、あいまいじゃなくて明確にする必要っていうのもあるように感じます。
ニュースを観てると
「子どもたちの世代に…」ってフレーズ
どの子どもたちの世代に背負わせないつもりなのかなぁって思ったりしちゃいます…。

2011/10/17 (Mon) 22:17 | REPLY |   
Sat
2011.10.15
00:23

さざん  

再起動か。

2011/10/15 (Sat) 00:23 | REPLY |   
Fri
2011.10.14
13:39

ジェームズLウエッティ  

同感

“みんなどこかでつながっている気がする”
そうですね。
どう死ぬかを考えていないから
どう生きるかがあやふやな世の中。
結局大事なものを伝えていくには
それ相応の手間と気持ちが必要だった。
それを半世紀くらい怠ってしまったのかな、日本は。
また積み上げていくしかない。
間に合うかどうかわからないけど。

2011/10/14 (Fri) 13:39 | REPLY |   

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