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老いるということ

  23, 2011 12:47
人は老いていく過程をしれば知るほど苦しみ、
つらく、
喪失感で一杯になる

人に頼らなければ生きていけないことが増え
親子の関係すら逆になる

それでも一生懸命向き合わなければならない
ままならない身体の動きに
人は殻にこもる

老いは神様がくれたプレゼントなのかもしれない
”死ぬ”ということがあまりに未知で恐ろしいからこそ
恐ろしいという感情を少しずつ取り除いていくために
人は老いていくのかもしれない・・・・


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デイサービスを利用している利用者さんの事業所さんから一枚のFAXが届きました
それはデイサービス利用中、排泄の失敗をしてしまい
ご本人がひどく動揺していること、
”レベル低下に伴い精神的にも不安定なので精神的支援が必要です”
と書かれてありました。

【レベル低下】
よく専門職が使う言葉です。
もちろん、今まで何の不自由もなく生活していた方が、
転倒し骨折し、つえなしで歩けなくなった、
また誰かの介助がなければ日常生活が営めないというのであれば
誰が見てもレベル低下です。

しかし排泄を1度失敗し、
「ご本人ができないことが増えた」という言葉に対して
専門職が簡単に【レベル低下】という言葉を使うことに違和感がありました。

【老い】=【レベル低下】

なんだかレベルが低下することが、いけないことのようにすら感じます。
訪問してお話をしていると、自らこの件について話始めました。

この方はもともと”カウンセラー”というお仕事をされていました。
敬虔なクリスチャンで教会のお仕事もたくさんされていました。
そんな彼女がこう話すのです

「仕事がらね、人にきにしちゃダメよ。
ストレスためちゃだめよっていってたのに、
老いることは怖くないって言ってきたのに、怖いのよ。
矛盾してるわよね。」

他人に言うことと
自分の身におこることは違います。

「娘とも立場逆転するしね、
なんでも世話にならなきゃだめになってくる・・・。
叱られるのよ、しっかりしなさいっていわれるの」


娘さんはその立場になってないからわからない。
まして、弱事を言う親の姿を見たくないという気持ちは
子供の立場として理解できます。

思っていることを私も話ました。
「認知症になることを悲観して不安になります。
でもね、こういう考え方もあるんですよ。【神様のプレゼント】だっていうこと。
心のしんどいことを開放していくために忘れていくのかもしれない。
ならば、老いだってそういう【神様のプレゼント】じゃないかと思うんです。
少々つらいプレゼントですがww

”死”というものに対して人は誰も経験した人に出会ったことがなく、
年を重ねていくことと違って未知のものです。
だからこそ、未知である死は人間にとって怖く、恐ろしいものです。
人は死に向かって、少しずつ重い荷物をおろして
人に手伝ってもらうことが多くなってくるということを体感しながら
緩やかに老いていき、そうした恐怖心を受け入れていく準備をしているのではないか」


少し驚かれたような表情をされ
こうつぶやかれました

「そうかもしれない・・・河合先生の本でも
忘れちゃったけど好きな言葉があるよの」

河合先生とは、彼女が慕いやまない、河合 隼雄さんのことである。

もちろん若いころと代謝の機能自体少しずつ衰えているのです。
季節や気温、天気にすら左右されます。
私たちは日々身体を動かし社会的な役割を持って行動しているからこそ
きにならないが、毎日社会的な役割がなく自分で都合よく時間を配分できるように
なった時から、そうした感覚は取れていくのですから、
そうした天候や季節に左右されるのはごく自然な流れではないでしょうか。

「そっか・・・この前教会で大きな司祭があったの。それはそれはおごそかな会で
素晴らしかったのよ。私たちも現役だった時は教会設立に走り回って…そんなことを
思いだしては感慨もひとしおでねぇ。翌日はゴロゴロしてたんだけど、その次の日
デイに行ったの。デイでもなんでも出かける時は常に新しい下着にしているのよ。
普段当たり前のことでも疲れがたまっていたから余計無理したのかもしれないわ・・・。
火曜日は台風の日だったし。」


たった1回の失敗の気持ちの落ち込みや不安が
その後、継続的になっていくことなんて
多々あることです。
だからこそ、排泄のことって大切に大切に扱わなければならないと思っています。

私の以前担当していた方の話をしました。
その方のお歳は95歳。とても活発に運動に取り組んでたけれど
ある日ぱったり動けなくなり、寝ていることも多くなった。
運動が大好きで人とのおしゃべりも大好き。
動くことにこだわっていたけれど身体を動かすことが
本当につらくなってきた。
そんなある日のこと、ご利用者さんがこうつぶやきました

「私、今年で95歳でしょう。去年までね、死ぬことが怖かったの。
寝てる間に死んだらどうしよう・・・死ぬって何?!って
いろいろ考えたの。
でもね、今年から怖くなくなったの。”しょうがない”から
楽しもうって思って俳句書いてるの」


その方はその年齢になり初めて怖くないと思ったのです。
私はずっと前からその人が”死”や”老い”を受け入れていると
勝手に思い込んでいたのです。
だからこそ、その言葉はとっても重みがありまし、すごく教えていただきました。

だから人それぞれ、感じ方は違うし一年ごと違う

そんな話をしたところ、利用者さんは少し前向きに笑顔になっていました。
「できないこと一杯あるし、今日はがんばろうって思えても
また澤田さん帰ったら、ふにゃっとなってるかもしれない。
でも過ぎていくし、また来週になったら誰かにあったら元気に
なるかもしれないし・・・それの繰り返しよね。
こうでなきゃいけないって決めちゃだめよね」


「えぇ^^私だって心の波はあります。人にこんなお話をしてても
凹むときも多いです。でも確実に時は進みますから、ゆるゆる生きましょう」


「そうね、ゆるゆるできないけれどそんな気持ちでいましょう♪
私まだまだやれる気がするわ」


心の処方箋はきっと自分で持っているような気がします。
  •   23, 2011 12:47
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