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老いと認知症ー悲しみの意味ー

  10, 2011 22:35
世界アルツハイマーデー 記念公演
「老いと認知症ー悲しみの意味ー」に参加してきました。
講師:西川勝さん

西川さんの話し方にはとっても引き込まれます。
なんでしょうか
心の奥を揺らすような・・・
大きな揺らぎではなく
小さな鐘が振るうかのように揺れぎを感じます。

冒頭
メマリーを服用された方の話をされていました。
「先日家族の方の話で、
 今までわからなかったお年寄りが、メマリーを内服して
 ”わけがわからない”とつぶやくようになった。
 わからないことが分かったことで不安になった。
 息子さんは以前のように治ることを期待したが、
 結局そこまで治らなくて、わからないということが分かってしまう
 その部分まで回復してしまったものの、余計つらい状態になったのであれば
 なんのために薬を処方してもらったのか意味がわからない」

わからないことがわかる
どんな想いがするのだろう。

つらいのかなぁ
苦しいのかなぁ

認知症になりたいという人はごくわずかであり、
・人は誰も迷惑をかけたくない
・あんな風に介護されたくない・・・
ほとんどの人がそう思うから、認知症になりたくないという。

赤ん坊は決して惜しみなく迷惑をかけているが、おとなが面倒をみる社会となっている
しかし高齢者はどうだろう・・・迷惑をかけても未来の無さから、悲観的に思い
迷惑をかけることを拒む社会と言える

悲しみ
哀しみ
愛(かなし)

その”かな”というのは、自分の限界を超えているということ、人間の弱さだという

弱いということを知ることで
人は人を大切に思えるし、弱い者同士がつながることが大切なのである。

わかったような
わからないような

老いとは悲しいものだろうか

「うらしまたろう」のお話がずっと好きではなかった。

亀を助けて竜宮城に連れて行ってもらった。
なのに、竜宮城から変える時玉手箱をもらい、
地上に行けば700年以上時がすぎ、親族も誰もいなくなっていた。
さみしさのあまり、玉手箱を開けた浦島たろうはおじいさんになってしまいました。

どうも納得いかない話だった。
どんな物語よりおいらも納得のいかない話だった。
西川氏は言う。

玉手箱に入っていたのは宝物だった。
”老い”という宝物。
それをさみしさのあまりあけてしまった浦島たろうには
その老いを受けるに値しない状態だったのではないかという仮説をたてている。

あぁ、そうか
玉手箱の中身は”老い”という宝物

その宝物を受け入れることが難しい社会は、
弱いということを認めていない社会なのだろう。

弱いと認めることが
本当の強さで会ったとしても
弱音をはけない世の中では
やはり心が豊かにはなりにくい。

弱いとは
強いことで
人に対して愛おしいと思えることなのだろうか。

障害を持ちえたとしても
認知症になったとしても
愛おしいと思え、生きることを最後まで考えること
心の意味を考えること

そんなことが少しでも悲しみを考え
近付くことができたりするのだろうか。

老いることがただただ、怖かった
と話す友人
でも、老いてもいいんだと思えたという。

人は当たり前すぎると考えることを辞めてしまう
でも当たり前ほどしっかり考える必然があると考える。
老いることに沿うことは自由である。

そんな言葉に最後は聞こえた・・・。

  •   10, 2011 22:35
  •  2

COMMENT 2

Sun
2011.09.11
11:29

きみきみ  

さくさくっとさん

ね・・・
本当にそう思います。

そのこと次のブログで書いてみようかなぁ。
ありがとうございます

2011/09/11 (Sun) 11:29 | REPLY |   
Sun
2011.09.11
11:20

さくさくっと  

わからないことがわかる。
ほんとどんな気持ちなんだろうか
少しでも理解することができたら・・・
って考えます。

2011/09/11 (Sun) 11:20 | REPLY |   

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