きみきみのぼちぼちいこか~

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おいらのある一日の日常

  29, 2011 23:37
毎月1回訪問して一緒にお散歩する人がいます。
もちろん訪問看護師さんも利用しているのですが、
リハビリの時間の変更がきかず、いつも外に出られない人がいました。
デイサービスはお医者さんからも承諾は下りないし、本人も行きたがりません。
病気のこともありますから
休みながらゆっくり近所を散歩します。

(。・w・。 ) 午前中といえど暑いw
それでも歩行した後はいつもすがすがしい表情されています。

少し先月より膝折れが強くなっています。
歩行距離や休憩を考えてゆっくり歩きます。

この人は何回この道を通るのかなぁとふと考えます。

散歩していると子供がいるのか縦笛の練習をしています。
お昼御飯が近くなってくると煮たき物の香りがしてきます
ベランダのお布団がさんさんと陽を浴びています
青い柿の実がなっています
郵便屋さんとすれ違う
朝顔が咲いている・・・・

なんでもない日常だけれど
見過ごしてしまいそうな日常だけど
日常が少し幸せの音に聞こえたりします
((・´∀`・))ンフッ♪

※※※

また別のお宅を訪問
一人暮らしでマンションに住んでいるのだけど
ゴミ捨てが大変。
同じマンションに友達が住んでいるけれど、気がねするという。

ずっと問題としてあった・・・。
きっとこれからも問題として存在する。
でも、少し見方を変えてみる。

「重たいのであれば・・・減らしてみる方法を考えてみませんか?!」
重たい原因がわかった排泄物・・・。

量にもよるが、尿取りパットではなく失禁パンツを利用してはどうだろうか?!
そして、歩行器をもっとごみなどをしっかりしたものに変更して、
ごみなどを載せるようにできたらどうだろうか?!

「そうなの!パットとか重くて。実は頼みにくい原因はそこなの。
でもだれにも相談できなくて」


恥ずかしさが先に立って、薬局でも相談できずにいた。
下着を洗うことは構わない。
それよりごみを減らしたい。

そんな提案をしたら、胸のつかえがとれたように嬉しそうにされてた。
だっていくつになっても女性だから、自分の身体のこと
おいそれと話できないですよね。

単純なことなのに見落としてしまう日常
でもその人の生活を考えれば、視点を変えればそこで何かが変わることがある。。

※※※
要介護となり、
おいらの担当件数が超えているため、担当を他の事業所の方に引き継ぎに行く。

ごあいさつし、家を後にする。

ご家族さんから
「あの・・・何かあったら連絡させてもらってもいいですか?」
「はい^^。地域の中の困りごとを、引き継ぎさせてもらったケアマネージャさんと
家族さんとともに考えますから、またおっしゃってくださいね。」


交代のケアマネージャーさんがもちろん相談窓口。
でも、不安はいっぱい。

関係が築けるまでどの人も難しい。
でもどこかで間口があれば、
心おきなく選択できる。

自分に存在する権利を知ることができるような気がする。
それも大切な支援のような気がする

※※※
新規の利用者さんのデイサービスの利用が決まる
元気なんだけど、精神的に波がある
ふと
契約するとき不安じゃないかなぁって思い出す。

「じゃぁ、私も同席させていただく会議の時に契約してもらいましょうか。」
「うん、そうしてもらえる?!」
「そうですね、何時にしますか?!」
「いつ来るのかしら?!ってやきもきするから午前中の方が・・・」
「でも、お昼からさみしい気持ちになるんですよね。」>「うん・・・」
「だったら、お昼一番・・・13時半ぐらいにご訪問させていただくのはどうですか?!
午前中は家のことができるし、お昼から契約とか何かで少し気がまぎれるのでw」

「うんうん、じゃぁそうして♪」

毎日の不安は取り除けなくても
不安な日が1日減るような気がするw

勝手な思い込みかも知れないけれど、
多くの日を解消することができなくても、たった一日でも
解消できる日があるほうがなんだか、他の日も乗り切れる気がするのは
おいらだけかなw


平等・公平

何を持ってするかわからないけれど
みんなそれぞれ
日常に対する価値が違う

毎日をもって達成感とする人もいれば
たまに心の中のヒットがあれば、そこに達成感を持つ人もいる

正解ばかりじゃないけれど
日常は進行しているのだから
変化してあたりまえ

おいらは
どの人も特別に思う

平等・公平の価値観
考えてみるのは日常という当たり前の光景の中に潜んでいる気がする・・・。
  •   29, 2011 23:37
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