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やまもとたろう

  18, 2011 00:55
「山本太郎、福島の子供らと抗議」から抜粋

 17日、俳優の山本太郎が衆議院議員会館にて、子どもたちを放射能から守る福島ネットワークが主催の「子どもの声を政府に届けよう!」に参加した。

 この日、永田町の議員会館には4人の小中学生たちが福島から自分たちの声を政府に届けるためにやってきた。「福島県民よりもお金が大切なんですか?」「福島の子どもたちは、プールにも入れません。マスクをして、登下校をしているのに、基準値を何十倍も引き上げて、どうして安全と言えるんですか?」「こんなことになった、原発がわたしは大嫌いです」まっすぐな意見が、子どもたちから向けられるなか横一列に並んだ内閣府、文科省、保安院の10名の"おとな"たちは、うつむくばかり。


※※※
すごいなぁ・・・と ただただ感心した。

でもね、おいら思うんだ。

物事を変えていくことはこうした動きの中で起こるって。

高齢福祉の分野でもそうなんだ。

”正論だけと無理なものは無理なんだ”

”行政は努力している”

その言葉は行政の人が言っちゃいけないよ。

会社の組織でもそうだけど、
行政の中からなんていち職員ごときが、体制や法を変えられるわけがないんだもの。

そんなこと誰でもわかることだと思うんだ。
だからこそ、うるさいほどの市民や国民が声高に言わない限り
何も変わらないし、動かないから、
世の中の誰か一部だけが利益を得るという構造に歯止めをかけられないんだ。

「原発を止めろというなら、電気を使用しない世の中になる。そんなものできるものか」

そうおっしゃる人もいる。日本経済の停滞を招く。

経済学者がもっともらしくつぶやく。

でも、今停止している原発で稼働できているじゃないか。
どうしても北海道の泊原発を動かす理由になんてならないと感じるんだ。

原発を動かすということは
福島の災害でわかったように、人知を超えた出来事となるんだ。

誰も予測しえない出来事が起こりうる
決して【安全】なんてものは幻想に過ぎない。
そのことを誰もが納得したうえで
稼働するという決断に至らなければおかしい。

泊原発周囲の市町村は交付金やいろんなものが下りてくるから必要。
住民も手当てがあり、そこで働く人もいるから必要。

・・・ちょっとまって、その国からの手当ては誰が出しているの?!

ひとりひとり納めている国民でしょ。
原発周囲の人たちだって支払っているお金だよ。
お金は降って湧いてくるものじゃない。
勝手に生み出されるものでもない。

世の中で回るものだ。
だからこそ、国からの補助を頼っている限り、何も生み出しておらず
右から左にお金を動かしてるだけにすぎないということなんじゃないかと思うんだ。

経済を動かすためには政府だけに頼るのではなく、地域と人と人の知恵と努力も必要。

心が豊かというのは
生み出すアイデアのある人たちがたくさんいることだと思うんだ。

戦後復興したことを今テレビで言うけれど、
そうした全員が何もない状態から仕切り直しというものと
今回の震災は似て非なるものだと感じる。

だからこそ、行政に対してもしっかり声を張り上げていかなければいけない。

今、心の貧しい国民が多い。

いろんなことでクレームをつける。
声高に上げることがクレームだという意見もあるかもしれないけれど、
棒でももってやみくもに殴りかかっているわけじゃない。
ちゃんと考えるよう訴えかけているだけだ。

クレームと意見や主張は違う。
それも見極められぬような行政なら、
その足元を正す必要があるんじゃないのだろうか?!

国の社会保障費はどんどん厳しくなる一方。
だからこそ、ちゃんと国民ひとりひとりが、知恵をしぼって
生み出す社会を考えないければいけない。

社会の一員として、自己責任が取れるように、提案をたくさんしていく必要がある。

そうした提案をもっと具体的に検討してくれることが増えたらいいなぁ。

そして、今住んでいる地域を国を
世界の一員として、災害に対してどう向き合っていくか
原子力について案に稼働・停止だけでなく
他にどういったものがあるかを模索できる社会であってほしいなぁ。

今きっと日本の国力はそんな部分もみられている気がします。
国民が誇りに思えるような国づくりをする人を
国民が育てる必要があるのかもしれないなぁと感じます。


※追記
「長尾先生のブログ」でも一つの提案がされています。
こうした提案どんどん採用してくれたらいいのになっ。
  •   18, 2011 00:55
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