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阪神地区の在宅医療、こんなままでええんかい?これからどないすんねん!大激論会

  03, 2011 00:47
※ウエッティさんごめんねw
実はこれ下書きのつもりが公開されてましたので最後まで書きましたw


今日は 【第20回 阪神ホームホスピスを考える会講演会】がありました♪

♪はじめにちょっと
さくらいクリニック(尼崎)の桜井先生から尼崎医療生協病院から宮城県の病院に応援に駆けつけていた医師の被災地の現状についてのお話がありました

♪阪神地区の在宅医療、こんなままでええんかい?これからどないすんねん!
という大激論大会を開催w

医者が総勢・・・13人、NPOが2人、MSWが1人、
そして、桜井先生と、つどい場さくらちゃんのまるちゃんが司会を務める

桜井先生とまるちゃんがウロウロと歩きながら司会を務める。
なんだか不思議な討論会( ´艸`)

話した内容は胃ろうや、認知症治療薬、末期がん・・・・
多岐にわたります。
まとまりがないと言えば、まとまりはないかもしれません。
だって正解がないから。

改めて思う
医者と市民または患者という関係を考えていく必要はあるんじゃないかって・・・。

オイラが印象的だったのは胃ろうについて。
胃ろう患者が急激に増えている。
・口から食べることの意味を考えるものにとっては胃ろうは悪である。
・管をつけてまで生きながらえる決定権は誰にあるのか。。。
・しかしながら肺炎やムセを繰り返し、非常にしんどい状況というのも救うということもある。
・PEGを造設してしまってからも、経口摂取できる方法もある。
・じゃぁ、造設して、一時的に回復したものの、植物情態であって注入を止めるという
決断ができるかどうか・・・・。

挙手で尋ねてみると会場の人は
大半の方が注入を止められるという

オイラは・・・
PEGを造設してしまったら、
自分なら注入を止められないと思った。

だってPEGを造設するというのは生きて欲しいという想いだったりするから。
もちろんあれよあれよとあわてふためているときにとか
医者に脅されて作ったということも実際はあったりする。

例えば予想以上に元気になって経口摂取できればあっさりPEGをやめることはできるが、
そうでなければ注入を辞めることはためらう。
だからおいらはPEGは初めから作らない。

ただ、その決定権は誰にあるかという議論がなされる。
本人であるが、
本人に意思決定できなければ家族?!
家族のエゴ?!

たとえば自分自身PEG反対論者であるが、
親に尋ねてみる
「あなた死ぬときに胃ろうにする?!」
「胃ろうってなに?!」
そこから説明すると、おそらく反対論者のオイラなら
誘導尋問にも近いような説明を行うかもしれない。
するとそこから導き出された答えは、8割拒否となるだろう。
よくよく考えてみると、不満をこめた話しから本人の意思かどうかは不明である。

そしてもし、オイラがPEG賛成論者なら・・・逆になるだろう。

ならばどうするべきか・・・

オイラは思うのは
若いうちから
「生」と「死」どちらについても
話しをするべきだと思う。

そうした中で
生きる過程の中の最終である死というものについて
自分がどうしたいということを話すことが出来るかも知れない。

日本人の中で「死」を語ることは今までタブーとされてきた。

でもね、
生きることの延長線にあるこの「死」について、自分自身
家族に伝えていく必要があるんじゃないかなって・・・。

人が人らしく生きる
自分が自分らしく生きる
そうした中で
自分ならどうしたいか
死というものに対する考え方
生というものに対する考え方

深く深く
自分に問いかけていく必要があるように思う。

だからそのきっかけとして、
この会は非常によかったように感じた。

医者だって人間
苦悩することだらけかもしれない
患者から医者は育てられ
患者もまた医者から育てられる
患者になる前に
医者と関わることで予防に繋がることもある

そうした討議が今後も展開されるのではないかと期待している。

桜井先生は
もっとぶっちゃけた交わる会にしたかったと話す。
聞き手はどう感じただろう。
オイラは、きちんと、もう一度考える機会をもらった会であり
更なる熱い討論が出来る場であることを今後を楽しみにしている。
  •   03, 2011 00:47
  •  4

COMMENT 4

Sun
2011.04.03
02:11

きみきみ  

ウエッティさん Re:追伸分

>「よく生きよく死ぬ」ことの大切さを考えます。
(・・)(。。)(・・)(。。)ウンウン
オイラも本当よく考えます。
またそのときになると、ちゃんと判断ができるかどうか・・・不安も残ります。
でも、いつか来るそのときまで、楽しく生きて欲しいし
そのために出来ることと、最期の時も同時に考えておきたいと思いますね・゚:*(人´ω`*)

2011/04/03 (Sun) 02:11 | REPLY |   
Sun
2011.04.03
02:08

きみきみ  

ウエッティーさん

(・・)(。。)(・・)(。。)ウンウン
だからね、やっぱり自分がどう死ぬというか生きるかということをねちゃんと伝えなきゃいけないと思うんだ。
これからの年よりも若者も・・・。
非常に難しいんだよね。
だって親と子供、兄弟その立場でも考え方や見方は変わるでしょう。
だからこそ、その難しさを知る必要もあると思うんだ。

哲学であり、精神論でもあり・・・。
正解はないからこそ、意見を交わす必要があるかなぁって^^

2011/04/03 (Sun) 02:08 | REPLY |   
Sun
2011.04.03
02:06

ウエッティ  

追伸

遠距離で離れて暮らしている母とは、延命治療(IVH,PEG)などはしてほしくない、と意思疎通ができています。母は傾聴ボランティアで施設の様子を垣間見たようで。帰郷の折に触れそういう話もしています。「よく生きよく死ぬ」ことの大切さを考えます。

2011/04/03 (Sun) 02:06 | REPLY |   
Sun
2011.04.03
01:02

ウエッティ  

来たかPEG論議

こんばんは、取り立て屋黒田です(爆)。PEGの造設は、悩ましい事です。本人の意思表示が出来るならいいけど、ほとんどは家族での意思を集約したうえで決定することがほとんどです。そして延命した姿を見続けるのも家族です。その方の生き方死に方を考えなければいけないことでしょう。死ななくする事が救急救命主体の現代医学だとすれば、老人福祉のもとに生活を支える私たちの見識はどうだろうか?答えをだすのは本人・家族だが援助し未来を推測するのは私たち福祉職だろう。希望が持てないPEGは果たして本人の望むところか?よくよく考えなければいけないテーマです。答えは出せません。

2011/04/03 (Sun) 01:02 | REPLY |   

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