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閉塞感から・・・

  16, 2011 19:35
過去の出来事は、人を闇に落とすことがある・・・・。

知り合いのブログを読んで
神戸市が、今回の住宅を失った方への支援ということで
市営住宅を一時仮設住宅として開放することを決めたという案内。
http://www.city.kobe.lg.jp/information/press/2011/03/20110315166301.html
期間は1年間。

見知らぬ土地で生活するなんて、非常に不安かもしれない。
でも震災を経験した神戸だからこそ出来ることだってある。
一時避難し、また、元に住む街に戻っていくことが
出来る支援なのかもしれない

ツイッターでツイートした。
もっと広がればいいのにな。・゚:*(人´ω`*)

ただ住宅を提供するだけでは
神戸市内で起こった仮設住宅問題や
人口減少により後々問題を抱えることにもなった。

だからこそ
受け入れた自治体はその後のフォローが必ずいります。
移住してきた人が、孤独にならないように、お年寄りだけじゃなく、
巡回する人や地域サロンの呼びかけ、フォローすることで、
もっともっと、改めて、地元に帰ろうって思える。

そのための災害復興住宅でしょう。
今回のように、放射能問題もあります。
だからこそ、遠く離れた、ところで支援も生きるんじゃないかと。

宮城に住む父の親戚に伝えてみてはどうかと電話で教えた
「お前の気持ちはわかるけど
あの人たちはあの場所を離れたりしない!
それに手続きがややこしいだろう。
うちだって、被災したとき、何も支援はくれなかったじゃないか。
家が残ってるって言われたし
だから信用できない」


そういわれました。
オイラの地域は、比較的、震災でも一部損壊で済んだ程度だった。

その一部損壊の証明をしてもらうことがどれほど大変だったかということを
経験しているようで
行政への不信感はぬぐえないようだ。

だからハナから信用していない。
公務員(長田中心地の被災地の学校の用務員)だった父はそう話す
なんだか悲しくなった。。。。

父の気持ちもわからなくはない
でも、その情報で救われることもあるんじゃないだろうか。

団塊の世代である父達は行政等に対しての不信感を深く持っている。
以前話していた

"自分達が働き始めたとき、自分達の老後のために年金制度が始まった。
団塊の世代である自分達の数は多く、納めてもお年寄りを支えるための
余力があったから、そういった人への支援を渡すことは構わないと思っていた。
しかし今は違う。
その高齢者や生活困窮者を支えるために年金や税金を納めろという・・・。
契約違反ではないか・・・納めてきたのに、老後に不安を持ち
生きなければいけないことに誰も何の責任も取らない。
市も
県も
国も
だから信用していないし
お前がいくら
”おかしい”と叫んでも
一生懸命普通に働いてるものはただ、苦しいだけだよ。
これならいっそ
生活困窮して保護を受けた方がましだってさえ気になるんだ。
まじめに働いたものがバカを見る世の中なんだよ”


悲しくなる話しだった。

世の中の理不尽さを伝えたり
職場の理不尽さを話しすると
両親は決まって言う

「そんなに力いれてもしょうがないんだ」

団塊の世代の若者時代はおそらく輝いていたはずだ。
活気に満ち溢れ、希望に満ちていた。
しかし、
生きていく中で
年を重ねるごとにその活気は薄れ
希望さえ失い、あきらめていく世代へと変わっていく
その場その場では楽しむことが出来る。

しかし発言さえ届かないという閉塞間や
のしかかる重圧や
よくわからないことへ自分達が責任を取らなければいけない
現状に疲れ果て
ちゃんと本音をいえない人たちになってしまった。

そんな団塊の世代が年老いていくのだ。
もちろん中には熱い思いを持った人はいる。
社会に訴えていく人は多い。
でもそんな人より、黙って無関心を装う人が多いのも事実だ。
考えると恐ろしい・・・。

震災の話しでいうなら
今避難が必要なんじゃないかって思う。
そしてさまざまなことにもやっぱり声をあげていかなければならないと感じる。
黙っているだけじゃ
希望も何もない世の中になってしまう。

今回のことで言えば、
行政は枠にとらわれず広域的に被災地の受け入れをしてほしい。
現地に行くことだけが支援ではない。

もちろん住民の意思はあるかもしれない・・・
でも今回は、ただの地震による災害だけではないのだ。

特に阪神間は震災を経験したのだ。
今でも心を痛めている市民は多い。
だからこそ出来る支援があるはずなんだ。

被災地以外ももっと生産性を挙げて経済を支えていく必要もある。
閉塞感だけで納まっていてはいけない。
こんな中、詐欺や高齢者被害ばかり目立つのだ。
被災地を支えていくんだという気持ちを持ちながら
悼みながらも、元気を出していく必要がある。

首都機能は東京だけではいけない。
今回のことでもよくわかる。。。
東京に万が一のことがあれば、どうにもならないことは
地震があった初日に露呈した。
サブ首都構想を本格化させなければいけないように思う。

何か一つでも
自分の周りだけでも。
自分だけでも
熱くるしい人間であってもいいように思う。
もう無関心でいられない
無関心でいてはいけない。

国民の一人として、ちゃんと向きあうべきなんだ・・・といまさらながら
そう実感する日々だ(。-`ω´-)ぅぃ

だから、頑張ってじゃなく、頑張ろう!なんだダ─ヽ(・ω・´(`・ω・´)ノ`・ω・)ノ─ッ
  •   16, 2011 19:35
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