きみきみのぼちぼちいこか~

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最期という選択

  16, 2011 10:21
朝から辛いニュースがテレビを覆う。
最近見れなくなってきているのも事実です。

今日も、つどい場さくらちゃんにてお昼ご飯のお手伝い・゚:*(人´ω`*)
団体さんが加古川からこられるということだったのでねちょびっとお手伝い。

お昼ごはんを準備していると
さくらちゃんにこられるご家族さんが
在宅介護をするという決断を相談に来ていた。

在宅の際からかかっていた医者は、
食べられないからと胃ろうを薦められた
そして現在入院している病院でも胃ろうを薦められた
・・・・管だらけにしたくない。
まして現在入院している病院に置いておきたくない。
在宅に帰り、 長尾先生に支援をしてほしいとお願いにきていた。

初めてお会いした方ですが、
お話しを聴いて、
在宅を決断する大変さを改めて実感する。

これで良いのかという不安と
医療に対する不信
同時に沸き起こる怒り
夫に対する愛おしさ
さまざまな感情が交錯する中で

入院から1ヶ月という期間で腹をくくったからこそ
長尾先生に看て貰いたいと・・・。

少し話をされてから病院に向かい、
夕方また立ち寄られました。
今月には退院させると考えていたが、
対応の不手際に憤りを感じ、
一刻も早く退院することを師長にはっきりいってきたと話す。

「もっと早く決めていれば・・・・」
ただ一点そのことだけを何度も口にされていた。
でも、在宅で看るという事の決心は非常に勇気の要る決断だ。
さまざまな生活を変容させ、また
人の最期というものに向かって、自分の決断が正しいのか
正しくないのかということを常に問う。
そして今までの長い長い歴史を改めて振り返る。
物言えぬようになった人に語りかけてもそれが良いのか悪いのかすらわからない。

「さくらちゃんに来るようになっていろんな人の話きいて、
病院を見て、決めたの!家で最期をみたいって」

並大抵のことではない
この決断に対して
たまたま居合わせた私には何も出来ないけれど
私がしたことは多大なる賞賛ぐらい・・・。

でもご決断された家族さんは笑顔だった
「今不安はないの。変な感じ。先生からたったこれだけって聞いても、
それでも家で最期を迎えさせてあげたい。何も言わなくなっても
反応が無くてもね、あの病院で終わらせたくない!」

決断された方は非常に魅力的で、輝いている。
強い思いや怒りが人を支える。
怒りがエネルギーになる。
悲観は何も生み出さない。

そして支える人がいる
支える手がある

決断するまでの時間も
決断してからの時間も
ご家族だけに与えられた宝物の時間です。

その時間があったからこそ
大きく人を成長させる。
人が生きる、人の最期とはなんと尊いものかといまさら感じる。

この場にいられてうれしく感じた。

まるちゃんが話しをしていた
震災の日、福島県からユニットケアの全国事例発表会の男の子二人が来ていた。
家族の安否も気になる中、一人は原発より30kmぐらいの位置に家がある
何もできないけれど、一泊泊めた。

その彼らからの手紙

はじめてあった僕らにありがとうございます・・・
元気になって改めて御礼に伺います。

優しさは人に勇気を与える
そのとき居合わせた人もまたさまざまに考えるのだろう
居合わせない私も手紙に身につまされる想いがある

一期一会
時は常に刻まれる
そのひと時も無駄に出来ない

日常の中に
恐ろしい現実に耐えうる事実
しかし
立ち向かわなければ成らない

生きてるものは歩かなければ成らないのだ
回り道しても、立ち止まっても、振り返っても
戻ることはできないから
一歩一歩進むのだ
  •   16, 2011 10:21
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