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忘れることの無い出来事

  02, 2011 12:00
Dr.和の町医者日記

この【抗がん剤に殺された?!】という記事を読んで
朝から涙が溢れた(ノ_・。)

オイラの身内には癌で亡くなったものはいない。
そしてオイラは看護師でも医者でもない。
そんなオイラが思うのは癌末期でなくなっていった利用者さんのこと。。。

あの人の顔
この人の顔
自分の中の後悔も含めてどんどん浮かんでくる

一番思い出深いのが、
もう余命半年と言われた人をデイで受け入れたことだった。

うちを利用することになったとき医師会の訪問看護師さんは冒険だっただろう。
通所リハビリの割りに人数が少なく、家から一番近い。
主治医の居る病院にも近く、意識低下した際はまがりなりにも
病院が併設されていた。
しかし未知数だった・・・。

そして受け入れるにあたり、問題は内部にもあった。
看護師が未熟だったということ・・・。
年を重ねてから正看護師をとったということもあるが、
本当に・・・・情はあるが知識も状況判断も介護士に劣っていた。

それでも、オイラは受け入れることをみんなに説得した。
エゴといえばエゴだったのかもしれない。
経営ではうじゃらうじゃら言う上司も日々のごまかしはわからなかった。
時間によって請求金額が変わることもしらなかった。
だから誤魔化した。

本当は6~8時間
うちは入浴以外の加算を省いた通所リハビリ。
今はおそらくガッツリ加算をいただいているだろうが、当時は
加算は機能訓練程度・・・。
常に3~4時間で計上していた。

家族とケアマネと何度も何度も会議を開いた
「どうしても入浴させてやりたい。
お宅の木の風呂に入ったときうれしかったって・・・」

そう・・・
ずっとデイを拒んでいた。
うちにきてやっと家と同じように入浴できた。
おうちは喫茶店をやっていた。
初日にいきなり、別の喫茶店に連れて行ってあげた。

元の顔はわからないほどパンパンに膨れ上がった顔で
「うまい!」
そう満面の笑みを昨日のことのように思い出される。。。。

総合病院と
個人病院
上司はいよいよ死期が近いと判断されるとき会議でこういった。

「うちの病院の看板をつけた車が、総合病院に搬送することはできない!」

車で5分と立たない病院に行くのにタクシーを呼べというのだ・・・・。

「あなた方の高尚な心意気には頭が下がるけれど、それは絶対に許されない。
病院の恥となるからね。どんな状態になっても家族が搬送すると約束させなければ
受け入れることはできません」


そうのたまった。
それでも、そこまで言わせてしまえば・・・あとは・・・後の祭りで処理が出来る。
しかし上司との約束はきちんと伝えた。
家族は事情を察してくれ

何があっても、受け入れてくれるだけで感謝なのだから構わない。
それで処置が遅くなったとしてもいいです・・・そうおっしゃってくれた

逢うたび逢うたび状況は変わった。
今日は一人送迎でできたが、次は二人送迎
次の回はベッドまで運んだ
次の回はベットから迎えにいった
次の回はベットから職員二人で迎えにいった
次の回は血圧が下がりすぎてお風呂に入れず早い時間で送り届けた

「今日も血圧低いけどどうする?!」
同僚からの言葉
看護師は相変わらず無言のままその人の介助をする。
判断することを避けている。経験が無いし知識が浅いから判断できないのだ・・・。

正看護師が介護士より
知識が浅いなんてありえるだろうかと・・・ほとんどの人が言う。
人もいい
検査の数値もわかる
略語も読める
でも・・・わからない人はいるのだ。
しかしみんなと一緒に看たいと言う気持ちは強い。
人間的には良いのだが・・・専門職という状態であればセンスの無い人はいるのだ。

「この前も入ってないから、風呂入ろう」
「えっ!入れるの?」
現場で指示をする自分の責任だから・・・。
意を決して言う。
「うん。さっと入るよ。次いつ入れるかわからない。
ただ、上がったらベッドを脱衣場に用意して看護師に入浴前と後の
バイタルのチェックと身体状態のチェックするように伝えて」

「わかった」
あと一人同僚を呼び二人で介助する。

身体を二人で洗いできるだけ短い時間で対応できるようにする。
さっと湯船に入り、すぐさま上がる
それでも
「気持ちええなぁ」
そう閉眼した顔でつぶやく・・・。

時間との勝負
他の利用者も何も言わない協力的に活動してくれた
その人が日に日に体力が落ちていることを感じているから。
それでも対応している職員を眺めているから・・・。

怒涛のように一日が過ぎた。
そして・・・週明け一報が来た。

他の職員は衝撃を隠しきれなかった。
ほんの2・3日の間で急変すること、恐怖感、喪失感
しかし・・・本当にそうだったのか?!とオイラは問いかけた。

どれほど職員がその人のことを考えただろうか。
どれほど職員がその人を大切に介助しただろうか。
近い将来最期を迎えることを家族も自分達も知っていた。
そこで関われる最大のぎりぎりの判断だったかもしれない。
それでもそのことに携われたことを誇りに思おうと・・・。

家族は綺麗な身体で病院にいけ、すぐに息を引き取り
うちのデイを利用してよかったと伝えてくれとケアマネにいわれたそうだ。

職員は強くなった
大概のことに動じなくなった
もっと個人を大切にしようと誓った

たとえ締め付けのある組織の中にいても
個人を大切にすることは限りなく出来る
どれほど、あの笑顔がみんなの脳裏に深く刻まれたことだろう

一瞬

自分にも
あなたにも
その一瞬はかけがえの無いもので
二度と同じ時間は無いのだから

一期一会

一生おいらは忘れない
  •   02, 2011 12:00
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