きみきみのぼちぼちいこか~

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とりとめのない話

  07, 2011 09:02
先日友人から年始の電話をいただいた
彼女から電話をもらうときは何か心にあるときだ

彼女との付き合いは、10年になるかな♪
彼女に会うときいつも言われる
「きむみちゃんから、この世界に入ったとき言われた言葉キツかったなぁw」

20代前半のオイラは生意気盛りだった
(*´・ω・)´-ω-)
今よりもっとプライドが高くて、自信満々で・・・w
必死だった
”いい介護したい”って
”プロなんだから”って
もっともっととんがってた(;´Д`A

新規施設で初めて、アルバイトを雇うことになった
その第一号が仕事がきついとやめてしまったw
彼女は補欠合格

異業種からの転職組み
そして輝かしい前職とオイラよりずいぶん年上
不安そうな彼女にオイラはこういった

「あの・・・・慣れましたか?!(*´・ω・)´-ω-) 」
「いや・・・わからないことばかりで」
このとき既に彼女は毎日上司に辞めるといおうと決意していたらしい

「ものすごい厳しいこといっていいですか?!」
「はい?(*´-ω・)ン?」
「あの・・・・
ちょっとでもやってみて、
【楽しい】って思ったら、この現状に力を貸してください。
いくらでも聞いてください。教えますから。
資格なんかなくても全然気にしないでください。
でもその【楽しい】と思うところがなかったなら、
辞めて違う仕事を探した方がいいですよw」


ヒイィィィ!!(゚ロ゚ノ)ノ って感じだったらしいw

いやね・・・本当にみんな一杯一杯やったんです(; ̄Д ̄)
全力で人に教えても、すぐやめていく現状・・・
どんなに楽しい仕事であるか伝えたいのに
伝えられないもどかしさ・・・
そして何よりソレがあっているのかも自分たちも迷っているのに

事実その後
カイセンは大流行するし・・・・
奇声を発しながら走り回る人やら・・・
地を這う人
訴えながら叫ぶ人

いやいや・・・・
本当にネ・・・
今となっては糧ですけど
ありとあらゆる常軌を逸した行動にであうのです。

痴呆症=精神病院

の時代ですからねw
今と昔じゃ薬もいろいろ開発されしかもいろいろな情報網が整備されている。
施設が選り好みをしているという事実も裏にはらんでいるでしょうが、
病院受診をするのが当たり前になっているので、あまり・・・・
そういった方は少ない、言わば良い時代となりましたねwww

彼女は辞めずにずっと続けていたw
途中疎遠にもなった時期もありました
たまたま重なった精神的な圧重に彼女は耐えられなくなった

オイラにとって
人が心を”病む”ということを身近に感じた出来事だった
衝撃的だったな

「乾杯」とビールを上げた瞬間
逆鱗に触れたおいらの一言に
漫画のように店を飛び出していく彼女の背中を今でも忘れられない
(ι´Д`)

そんな彼女は施設ケアマネとして、共に働いていた職場で働いている

オイラがデイのとき関わっていた利用者さんが
ネグレクトの疑いもあり
緊急ショートからのロング入所になったということ

落ち着いて生活していたけれど
複雑な家庭環境でキーパーソンが一人しか存在しないこと
関係を修復しながら、お正月に一時帰宅したが、
転倒を繰り返し施設に舞い戻ってきたこと
そのことによるカンファレンスでは
「そんな家に帰していいのか!」
医師からの指摘に凹んだ

そんな話しが取っ掛かりだった

話しを聴いていて
以前のオイラならおそらくアドバイスをしていたんじゃないかなって

オイラ自身すべての癖が治ったわけじゃないから
気付いたことは伝えるけれど、
少し表現方法を変えるようにしているので
彼女の話を聞きながら
一緒に考えてあげたいなって思った

10年目に感じたこと
彼女の気づきの感性はすばらしいと思い直すw

非常に惜しい
(゚ェ゚(。_。(゚ェ゚(。_。*)
おそらくやり方を変化させることでずいぶん仕事が楽にできるんじゃないかと
思うこともあるんだな。。。

如何せん彼女の働く職場は施設だ
彼女のやり方や、そうした寄り添いを否定する論調が多いことは
ハタから見なければ一目瞭然

そして彼女の話は違う矛先に・・・

「施設ケアマネなんていらん!ケアマネにこそ報酬とかそういう話をすればいい。
介護職員にこそICFの考えをもっと教えなきゃ!!」


正直よくわからない、オイラはその点についてはなんとも言いがたいw
ただ、思うことは

利用者の立場になって
家族の立場になって
職員の立場になって
間を仲介していく援助職という人は必要だってことw

どの立場の人を優先しても守るのでもなく
意見のすり合わせを行い目標を明確にしていく確認作業を行う人
が居なければ

「誰のためのなんなのか」

その目的意識を見失うんじゃないかなぁとw

ケアマネという資格が必要か不必要か
ケアプランというものが必要か、不必要か
それはあくまで国の政策なので、
提言することや動向を気にする必要は在るけれど
そのことにとらわれていてもしょうがない
だってどうしようも無いことだから

「はらたつぅぅぅ(`Д´) ムキー!」
と怒って明日から頑張れるなら愚痴ればいいと思う
愚痴るな・・・ではないよっw

ただ、
その目的を見失う人は多いだろうなっって感じるんだ
オイラもそう思うときはあるから♪
誰にでもある

人は皆
箱の中で仕事をしている
人間は生まれながらにして社会というものに属しながら生きている

どんな一人ぼっちの人でも
社会に属さなければ
属していなくても
その片隅で生きている

その中で自分も含めて考える

どれほど自分を客観的に見ることができるのだろうか

皆無に等しいかも知れないw

でも、客観的に見ようとする気持ちは必要ではないかと感じる。

自分の歩む軌跡を振り返る自分がどこかに居なければいけない・・・と

感情という部分を差し引いて見ること
見ようとすること
そして他人に見てもらうこと
他人の意見を聴くこと
中には受け入れ
投じられた疑問や反対があれば
きちんと自分の納得のいく答えをすり合わせるという
作業をあえて行う

こうしたことをする人が一人居ればイイのではなく
たくさん居れば
おそらく箱の中は変わるだろうなって思うんです

オイラは未熟者なので、
まだまだ勉強中
きっとずっと勉強中( ´艸`)

でもそのとき、大事だなと思うことを
何度でも修正できる柔軟な自分でいたいなと思う
だってオイラは
のーてんきな前ムキングだからっ(*/▽\*)キャ

今度その友人も含め懐かしい友人達と共通の友人の結婚式で会います
楽しみだな・゚:*(人´ω`*)
  •   07, 2011 09:02
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