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親の背中

  13, 2010 05:24
その昔・・・・
30年前おいらの婆ちゃんは『リウマチ』という病気で亡くなりました。

今でこそリハビリも当たり前で、お薬も開発されていますが、そのころは
遺伝するもの・・・程度の話ししか伝わっていませんでした。

婆ちゃんは54歳で寝たきりになって
頭がしっかりしている分
オイラの母親に辛くあたりました。
病院が嫌いで・・・だから在宅介護をすることになりました。

婆ちゃんは昼間寝てるもんだから
夜、数十分ごとにトイレを言う
父ちゃんの協力もありましたが、
オイラと兄ちゃんを育てながらで
大変だったと思います。

お風呂も小さかった
家はもちろんノンバリアフリー(; ̄Д ̄)
父ちゃんと母ちゃんがバケツリレーして、
熱い湯で父ちゃんが絞ったタオルを
母ちゃんが清拭してあげる。

この婆ちゃんによく怒られたおいら(;´Д`A ```

泣き虫で・・・
「このうるさい子、どっかにやっておくれ!!本当に嫌いだよ」
いつもいつも怒られてた。

婆ちゃんは怖かった

ある日夢を見た
夢の中で婆ちゃんはベッドで寝ていた
婆ちゃんに声をかけようとしたとき
大量のこうもりが婆ちゃんのところからオイラに向かってきた
(。´Д⊂) ウワァァァン!

寝たきりになる前
婆ちゃんはオイラをよく自分の通院に連れて行った。
婆ちゃんは病院の玄関で売りに来る”ヤクルト”を買ってくれるんだ♪

怖いけど
優しい婆ちゃん
寝たきりだった婆ちゃんにオイラは嫌われていると思っていた。

ある日母ちゃんがこういった
「嫌いじゃないよ。病気だからね、子供のカン高い声が気に障るだけだから」
子供にはわからなかった。

でもなぜか婆ちゃんを嫌いになれずにいた。
一生懸命母ちゃんが介護している姿をみて寂しいと思ったことも
婆ちゃんが疎ましいと思ったことも無かった。
その状態が当たり前だと感じる。

そのころの福祉は措置の時代
なかなか福祉サービスは入らなかった。
婆ちゃんの年齢が若かったから。

やっと家にヘルパーが来ると決まったとき、
婆ちゃんは、オイラが小学校2年生の時に家で亡くなった

そして、神戸大学に献体として運ばれていった。
「おはよう」と今にもいいそうな綺麗な顔であったかい身体だった。

数ヵ月後青白い顔で冷凍保存された婆ちゃんに出会う。
病院の暗い冷たい霊安室が異様に怖かったことを覚えている。

小学生の時母ちゃんに尋ねた
「しんどくなかったの?」
「ん??お母さんは家にいたから。病人さんが起きたら起きるようにあわせてたから。
お母さん一人っ子だったしね。今思えば、お前達に不自由させたなって思うよ」


不自由だとは思ったことは無かった。
ただ、ぼんやり子供ながらに、そういうものなんだろうと思った。
今になって母ちゃんは後悔を口にする。
だってその頃はリハビリなんて考え方なかったんだもん。
しょうがないよ。
医学は日々発展する。
10年前ステータスだったことが今はありえないことになることだって多い。

介護は・・・
10年前と変わっただろうか?!
介護保険が始まって何か目覚しく発展したのだろうか?!
30年前と変わったんだろうか?!
措置ではないが、今にどこかで偏見があったり、施設の中でも虐待が起こったりもする。

何か大きく進歩を遂げたのだろうか?!
当時小さかったおいらは大人になった。
この仕事に就きたいと学校に行くことを親に言うと
母ちゃんは反対した

「なんであんなしんどいことするの?親の介護がそのうち周ってくるやないの!」
違うよ母ちゃん
オイラはね、母ちゃんや父ちゃんをみて
当たり前に過ごす大事さを学んだんだよ。
だからね、当たり前に出来ない人の手助けがしたいんだよ。

学校に行くと決めたとき
ボランティアに行った施設でまだらボケのおばあさんに出会ったんだ。
子供返りしているなかで、オイラは彼女の正気を見つけた

人として軽くあしらわれていた
毎日毎日ぐるぐる施設の中を歩き回る
そうした中で見つけた一瞬の正気

正気があるということをもっともっと誰かに言わなきゃいけないと感じた。
そしてソレをつなぎあわせることで、その人の人生の楽しみが増えるんじゃないか
なんて面白い世界なんだって・・・。

オイラはこの仕事で一生食っていくと心に決めた

当たり前
何が当たり前かわからない
それでも
その人にとって当たり前なことをもっともっと行う権利があるよ

子供はね
親の背中をみて育つとはよく言ったものです。
かなりぶっ飛んだ母ちゃんですが、母ちゃんの偉いところは
涙を見せなかったことだ
辛いと一言も嘆いたことが無かった。

オイラちっとも頭良くないけど、
学校の勉強もっとやってたら良かったって思うけど、
でも人間的なことは親から教わるものだって今でも思う。

どうか子供を持つ大人たち
その背中しっかり子供に見せてくださいね
オイラはまだ子供が居ないけれど
居たらきっと一杯話をするよ

人として
大事なことを
たくさんたくさん話しをするよ
  •   13, 2010 05:24
  •  6

COMMENT 6

Tue
2010.12.14
19:33

きむみ庵  

たまさん

やっぱり当たり前なんですね・゚:*(人´ω`*)

介護進歩してないですね
でも小さなことからコツコツと
小さな花がたくさん咲けばいいなと思います♪

ほらたまさんの心にもそっと咲いてるじゃないですか^^

2010/12/14 (Tue) 19:33 | REPLY |   
Tue
2010.12.14
19:32

きむみ庵  

yasuさん

ありがとうございます・゚:*(人´ω`*)
うれしいお言葉ですねェ♪

オイラね
このお仕事大好きです
看護師も目指そうかと考えましたが
オイラは介護士にこだわりたかったんです♪
きっとyasuさんのようなセラピストさんとお仕事できる人は
楽しく介護できると思います♪

2010/12/14 (Tue) 19:32 | REPLY |   
Tue
2010.12.14
19:29

きむみ庵  

はっぴぃかむかむさん

きっと息子さん見てますよ^^
わかるものです。

ひたむきさは必ず伝わります。
時間はかかってもそれはご愛嬌と思ってあげましょう♪
はっぴぃかむかむさんの息子さんですもの♪

2010/12/14 (Tue) 19:29 | REPLY |   
Mon
2010.12.13
22:52

たま  

私も小学生の時、祖父が在宅で二年寝たきりで過ごしました。

母の姿を見て、『爺さん、婆さんのお世話をする』のは決して特別ではなく、当たり前でした。


老人ホームで働きたい!と言ったら
両親は大反対…


医療は日々進歩してるけど
介護は…

2010/12/13 (Mon) 22:52 | REPLY |   
Mon
2010.12.13
20:30

yasu  

介護という仕事

うーん 簡単にコメントできないと
おもいつつ どうしても エールだけは
送りたいので 「介護」を必要とする人がいて
「介護」を仕事として 選択する人がいます。
「介護」がネガティブな印象で語られることも
違うと思うし、それを抜きにして奉仕として
一昔前の白衣の天使 みないに 言われるのも
違和感があります。 リハビリが発展していない
とまでは努力している人を知っているので言えませんが
 リハビリが介護される人や 介護する人に貢献でき
ているのかどうかは、、もう少し努力が必要だと
思っています。 介護の方々やケアマネとチームとして
ともに 行動できるようになりたい と 介護が
必要になってきた親の背中をみながら考えています。
きむみ庵さん ありがとう

2010/12/13 (Mon) 20:30 | REPLY |   
Mon
2010.12.13
15:40

はっぴぃかむかむ  

きむみ庵さんへ

まるで、私へのメッセージのように受け取りました。
私の一人息子も私の姿、きむみ庵さんのように見ていてくれてるのかな。

私の祖母も、寝たきりで10年以上。 伯父の家族と同居していたんですが、その間、施設と病院のたらいまわしでした。 ほんとそのころはリハビリの重要性なんて、世の中にはありませんでしたね。

きむみ庵さん、誰の援助も受けられない人たちを一人でも多く支えてあげてくださいね。

やさしい気持ちをありがとうございます(#^.^#)

2010/12/13 (Mon) 15:40 | REPLY |   

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