きみきみのぼちぼちいこか~

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王様の耳はロバ

  15, 2010 08:30
昨夜携帯でアメブロのブログ友達の記事を読んでいました。
ブログ友達の介護三国志さんのブログに共感しましたのでアップしてみましょう♪
(介護三国志さんのブログはこちら)

ふと
思うわけですよ。。。

人間の器 の大きさって

オイラは割と今までモノをズバズバという傾向にありました。
例えば弱音を吐く人が居れば

「それは自分の努力不足なんだ!」

自分で命を絶とうと考える人がいたら

「自分は身勝手だとなぜ気付かない!」

鬱で苦しむ人が居れば

「考えなきゃいいんだ!」
なんて・・・
( 。-ω-)-ω-)-ω-) シーン・・・

よくよく考えたらね、全く受容してないんだよねw
理想では

介護はどんな人をも受け入れるべきだっ!(o゚Д゚)ノダーッ!
なぁんて思いながら
一番否定してる・・・そんな矛盾

人に厳しい人は自分に厳しい人であれ!

そう思っていたからこそ、
オイラは本音を吐き出せなかった。
それで正解なんだよ・・・でもね、人にはわかってもらえなくて
辛い毎日
こんなはずじゃなかったのにと繰り返す自己嫌悪
離れていく人々

そんな経験を少ししたことがあるよ。
それでも人はまた繰り返す・・・。
気付けないとね、ソレをずっとずっと繰り返すんだ。

環境を離れてみて、
そんなオイラの行動を暖かく受け入れてくれた人が
たくさん居たことに気付く・・・・。

自分の愚かさや
無知
器の小ささに落胆した(ノω・、) ウゥ・・・

「裸の王様」と「王様の耳はロバ」

小さいころこの話を読んで、切なくなったことを思い出す。
でも・・・心に響くのはなぜだろうね。
そんな寂しい自分でいたくないと心が「イヤ。・゚・(*ノД`*)・゚・。イヤ」してるんだ。


オイラの行動が細部まで人に細やかかと言われれば、
いまだにそれはできない。
あとから気付くことも多い。

でもね、人のフリみて我がフリ直せとは常々思うんだ

だから余計に気付かされた。
非礼な態度をしていても
見てみないフリをして対応してくれた人が居たことを。

たった数言しか交わしていないのに、見抜かれてしまう
それは、とりつくろった自分を見せているから・・・。
内面から溢れる、人を見下した感覚というのは態度でねわかるんだよ

それでも
何事も無かったかのように
対応する人たちに出会った。

なんて 器が大きいんだろうって・・・・。

”若いときはねそんな時期もあったよ”
そうある人に言われた。
人は通った道を教えてあげようと思う。
いい見本がいるんだから、手本にしなさい。
イイコトだけじゃなくて、悪いことも・・・・。
そう先人は教えてくれている。

若いうちに気付けない人はね、おそらく「こころ」を持たないまま
人生を歩んでいく
でも気付けたなら人生は変わるだろう
人がそれを言葉で教えてくれるうちはうるさくともそれが花だw

人間の内面はふとしたときに現れる
文章だったり
言葉だったり
一緒に行動したとき

どんなに優秀な言葉や行動があったとしても
どんなに頭の回転が速くても
優しさや
芯の強さや
いたわり
愛情はにじみ出てくるんだ。

そんな気持ちに溢れている人に、
人は心を揺り動かされるのだ。

人はそんなことを
人の死から学ぶことが大きい
そんな経験が少ない我々は、幸いなことに人間と向き合う仕事をしている。

他の人よりずっとずっと幸せな環境で人の心に触れる機会を持っている。
だからこそ人の言葉に耳を傾けなきゃいけないと思うんだ(。'-')(。,_,)うん

オイラはいろんな人に育ててもらってる
幸いなことにたくさん教えてもらっている
だからいつも気付けたときは思う・・・自分も気をつけようって

自分を許せる人はね
人も許せるはずなんだ
だからこそ、あるがままに受け入れられる

「ターミナル」っていう言葉はねその場所で死ぬことを意味するんじゃない。
本当の意味のターミナルってね
ものすごく、ものすごく人生を揺るがすような大きな出来事なんだよ。

どうやって死ぬ か

言葉少なくなった人から
人生の最期についてともに考え
実現するために必要なことを準備していく作業
家族を巻き込み
家族の決定に寄り添う
だって正解は無いのだから・・・。

正解は・・・
残された家族の満足度。
本人の安らかな顔。

そして、
そのことに向き合うには
覚悟とあらゆる知識が必要なんだ

死ぬ場所なんかじゃない
死に方なんだ

オイラはそう思う

人を舐めてるヤツは人の死を軽く扱う
正面から対峙することを極端に嫌う。
自分の知識のなさ、人間性のなさが露呈するから・・・。

華やかなことが介護じゃない。
最期までいかに自分が生きていくかという
自己決定することをサポートするのが介護だと思う。
しかもソレって介護職しか出来ないことなんだよね。

死を前に
医者も看護師も何も出来ないんだ

まだまだオイラは出来てない
もっといろんなことを見聞きして人間性を深めなきゃいけない
でも、動き出した自分の心 曲げたりはしない

つどい場 輪楽 というデイサービスを作る

目下の夢を口にしていく
つどい場だけでは収入面において難しいことは初めから理解していた。
だからこそ、介護保険の恩恵をうけつつ、事業を行う必要がある。

有言実行(●`エ´)ノ '`-ィ

出来ないなら一生口にすべきで無いと昔から考えていた。
そのことを今年口に出したおいらは、たとえ何年かかってもやる!

今、オイラの考え方に賛同してくださっている方も居ます。
ただ、オイラはこういう人間です・・・。
付き合っていく上で考え方の違いや、方向性の違いがあって、
【ちょっと違う】と思われる場合は手を引いていただいて構わないと伝えていますw

しかし
向き合おうと言って下さるならとことん向き合いましょうwww

だから
おいらはおいらのやりたいことを形にするために今できることをやるんです
(´∀`)ノ '`ィ

人と出会い
人に学び
まだまだ人間的に未熟なオイラはたくさん教えてもらうんだ、
そしていつもちゃんと気付けるように自分の足元を大事にして
感謝する

今はいつでも行動できるように準備をするときなんだぁ・゚:*(人´ω`*)

人生 真っ向勝負!!!(・∀・)/ 

オイラの座右の銘ですw
  •   15, 2010 08:30
  •  6

COMMENT 6

Mon
2010.11.15
23:06

きむみ庵  

はーちゃん

ううん
はーちゃんいつもありがとう。

家族で介護されてるってすごく大変です。
抱え込まないようにしてくださいね。

きっとね迷いは最後まであります。
家族で力をあわせて、迷って、悩んでいいんです。
何一つ歩みは無駄にはなりませんっ。
介護は家族のものです。
サービス事業者はそれをお手伝いする人なんだと思います。

だから、たくさん話し合って寄り添ってくださいね。
はーちゃん身体だけはきをつけてねっ

2010/11/15 (Mon) 23:06 | REPLY |   
Mon
2010.11.15
23:03

きむみ庵  

まめさん

褒めてくださってありがとうございます。

本当にね
ただいつも思うことなんです。

何も形にはなしていませんよw
でもきっと何も無駄にならないと願うばかりです^^

2010/11/15 (Mon) 23:03 | REPLY |   
Mon
2010.11.15
23:01

きむみ庵  

ウエッティさん

> 「大きな悲しみを受けた人は、
>  うらむようになるかやさしくなるのかのどちらかである。」ウェル・デューラント 米の著述家より

おぉ・・・
ふかぃぃぃぃぃ・゚:*(人´ω`*)

人は誰もみな不安ですよね
でも、きっと何かを残しているとおいらは思います♪

2010/11/15 (Mon) 23:01 | REPLY |   
Mon
2010.11.15
21:41

はーちゃん  

No title

「死ぬ場所なんかじゃない
 死に方なんだ」

これはね、まさにそうだと私も思います。
ウチのじいちゃんね、最近、混乱が進んでいるんですよ。
今までは「自分の家」という認識がなんとなくありましたが、今は全くないです。
ただ、いつも一緒にいる家族の顔だけはわかっている。
これまで、家にいることがじいちゃんにとって最もよいこと、と
私は思い込んでいましたが、今は考え方が変わりつつあります。

私は自分自身が精神的に不安定な弱さを抱えていて
長いことメンタルなことで悩んできました。
病気はより深く人生を生きるために必要だったんだな、と
今は病気に感謝しているぐらい元気です。
その時期に学んだことなのですが、
相手の世界に入るためには
一旦こちらの判断や思考を停止することが必要になることってあるんですね。
ありのままを受容するって、結構、大変なことだと思います。
この勉強はじいちゃんの介護やばあちゃんとのつきあいに
ものすごく役立ってます。

人生 真っ向勝負、すばらしい。
長々ごめんなさい。応援しています!

2010/11/15 (Mon) 21:41 | EDIT | REPLY |   
Mon
2010.11.15
16:32

まめ  

No title

きむみさんどこからそんな言葉が出てくるのですか??
んーーー
まさにその通り!!
なかなか思っては見るものの
文章にするってすごいと思う!
拍手
パチパチ

2010/11/15 (Mon) 16:32 | REPLY |   
Mon
2010.11.15
13:40

ウエッティ  

共感します。

若い時は、前向いて猛ダッシュして、
自分を振り返る余裕がなかった。
振り返って、己を見てうろたえる。
でも自分のなかに残ったものをみて
また前に進む。
“俺はハタシテすすんでいるか?”

「大きな悲しみを受けた人は、
 うらむようになるかやさしくなるのかのどちらかである。」ウェル・デューラント 米の著述家より

2010/11/15 (Mon) 13:40 | REPLY |   

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